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京都地方裁判所 昭和63年(行ウ)12号 判決 1990年11月14日

京都市北区大宮北椿原町一三番地

原告

妹尾栄

右訴訟代理人弁護士

山崎一雄

京都市上京区一条通西洞東入元真如堂町三五八番地

被告

上京税務署長 石原正信

右指定代理人

田中慎治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の要旨)

1  被告が昭和六一年一二月一六日付けでした原告の昭和六〇年度分所得税の更正処分のうち、分離課税の長期譲渡所得金額〇円、納付すべき税額七、八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告(答弁)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  課税の経緯等

原告は、昭和六〇年分所得税の確定申告において、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という)の譲渡につき、譲渡収入金額二、〇〇〇万円、必要経費一〇〇万円とし、右譲渡は保証債務履行のための資産譲渡であるので所得税法六四条二項の特例の適用を受ける旨を示し、分離課税の長期譲渡所得金額を〇円として、法定申告期限までに申告した。

右申告に対し、被告は、本件不動産の譲渡が保証債務履行のための資産譲渡と認められないとして、昭和六一年一二月一六日付けで原告の分離課税の長期譲渡所得金額を一、八〇〇万円、納付すべき税額を三六〇万七、八〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という)及び過少申告加算税額を三三万五、〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という)をした。

そこで、原告はこれらの処分を不服として、被告に対し異議申立てをしたが、被告は異議棄却の決定をし、さらに、原告が国税不服審査所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長は審査請求を棄却する裁決をした。

以上の経緯は別表に記載のとおりである。

(二)  本件処分の違法事由

本件更正処分及び賦課決定処分には、原告が本件不動産を譲渡しその売買代金名下に取得した金員が、一面では遺産分割における価額分割により取得したもので、他面では遺産分割における代償分割として交付を受けたものであり、いずれにしても、相続により取得したものであって、原告の譲渡所得ではないのに、これを原告の分離課税の長期譲渡所得であると認定した違法がある。なお、原告は、確定申告においてなした所得税法六四条二項により納税義務がないとの主張はしない。

(三)  よって、原告は被告に対し、本件更正処分及び賦課決定処分の取消しを求める。

二  被告(請求原因に対する認否及び主張)

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実を認める。

(二) 同(二)の主張を争う。

2  被告の主張

(一) 原告の本件不動産の取得及び譲渡の経緯

(1) 本件不動産は、原告の亡父練木美治(以下「被相続人」という)の遺産の一部であったところ、相続人である原告、練木民、練木美代、練木久子及び早川良造の間において、昭和六〇年三月一二日ころ、「遺産分割等に関する合意書」のとおり遺産分割の協議が成立し、その結果、原告が本件不動産を単独で相続することになった。

そこで、原告は、右合意書第3条に基づいて、京都家庭裁判所に遺産分割の調停の申立てをなし、昭和六〇年四月一五日相続人間において、本件不動産を原告が相続する旨の調停が成立し、調停調書が作成された。

(2) 原告は、右のとおり相続により本件不動産を取得したが、昭和六〇年五月一日、練木美代及び練木久子との間において、本件不動産を同人らに代金二、〇〇〇万円で譲渡する旨の売買契約を締結し、代金内金五〇〇万円を同日受領し、残代金一、五〇〇万円については、練木久子から、同人が原告の実子である妹尾伊津美より買い受けた別の不動産の代金三〇〇万円と合わせた一、八〇〇万円を西陣信用金庫の原告名義の普通預金口座に振込を受けて受領した。

(3) 本件不動産について、練木美代及び練木久子に対し、昭和六〇年五月一七日受付で、共有持分各二分の一とする所有権移転登記がなされた。

(二) 原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得金額

右(一)の事実に基づき、原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得を算出すると、次のとおり一、八〇〇万円となる。

(1) 収入金額 二、〇〇〇万円

原告が、昭和六〇年五月一日付けで本件不動産を練木久子及び練木美代に譲渡した売買代金額二、〇〇〇万円である。

(2) 取得費 一〇〇万円

所得税法六〇条一項一号、租税特別措置法(以下「措置法」という)三一条の四第一項に基づく概算取得費で、右収入金額に一〇〇分の五を乗じた金額である

(3) 譲渡費用 〇円

(4) 必要経費((2)+(3)) 一〇〇万円

(5) 特別控除額 一〇〇万円

措置法三一条一項、四項(ただし、昭和六二年法律第九六号による改正以前は三一条一項、三項である)に基づく特別控除額である。

(計算式)二、〇〇〇万円-一〇〇〇円(=一〇〇万円+〇円)-一〇〇万円=一、八〇〇万円

(三) 以上のとおり、原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得金額は一、八〇〇万円であり、これに基づきなした本件更正処分及び賦課決定処分は適法である。

三  原告(被告の主張に対する認否及び反論)

1  認否

(一) 被告の主張(一)(1)ないし(3)の事実を認める。

(二) 同(二)の主張を争う。

(三) 同(三)の主張を争う。

2  反論

(一) 原告が、本件不動産を練木美代らに譲渡し、その売買代金名下に同人らから取得した二、〇〇〇万円は、以下のとおり、原告が、被相続人の相続人間の遺産分割において、一面では価額分割により取得し、他面では代償分割として交付を受けたものであって、原告の譲渡収入金ではない。

(1) 被相続人は、三重生糸株式会社の代表取締役として繊維製品の販売をしていたが、多額の負債に悩み、その存命中から「自分の財産は三重生糸株式会社の負債の弁済に充てるように」と指示し、相続人全員もこれを了解していた。

(2) 被相続人が昭和五一年四月一七日死亡した後、原告は同会社の代表取締役に就任し、負債の整理にあたっていたところ、被相続人の遺産の分割について、原告とその母練木民、姉練木美代、兄早川良造、妹練木久子間に紛争が生じた。

(3) 昭和六〇年三月一二日ころに至り、ようやく、相続人間において遺産分割等に関する合意書が作成され、原告はこれに基づき、京都家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをなし、同年四月一五日相続人間に調停が成立して調書が作成された。

調停では、原告を除く相続人らが遺産を右会社の負債の弁済に充てないよう要望し、原告が亡父の遺志に従い遺産を右会社の債権者に提供しようと提案する等意見が交錯したが、結局、原告には亡父の遺志に従い負債整理をするのに最小限必要な二、〇〇〇万円を遺産中から捻出交付し、その余の遺産は原告以外の相続人が分割取得することとなった。

(4) しかし、遺産には不動産が存在するが、現金及び預貯金がないため、原告の取得分の二、〇〇〇万円を捻出する手段として、本件不動産をひとまず原告が単独で取得し、他の相続人がこれを買い取る形式をとり、さらに、原告が前記会社の事務所として使用中の上京区五辻通大宮西入五辻町六九番地の三家屋番号同町一六番、同町一七番の建物及び同町七二番地の二家屋番号同町一三番二、同町七二番地の三家屋番号同町一三番の三の建物を兄良造に明け渡し、原告以外の相続人が原告に対して会社事務所移転料と本件不動産の売買代金名下に二、〇〇〇万円を遺産分割の代償として交付することとした。

(5) 原告は、右のとおり取得した二、〇〇〇万円を亡父の遺志に従い右会社の債務の弁済と会社事務所移転費用に充当した。

(6) 以上のとおり、原告が本件不動産の売買代金名下に取得した金員は、一面では原告の取得分を捻出する方法として前記の方法をとった遺産分割における価額分割により取得し、他面では代償分割として交付を受けたものであり、譲渡所得ではない。

三  被告(原告の反論に対する認否及び再反論)

1  認否

(一) 原告の反論(一)の冒頭の事実を否認し、同(一)(1)の事実は知らない。

(二) 同(一)(2)のうち、被相続人が昭和五一年四月一七日死亡した事実を認め、その余の事実は知らない。

(三) 同(一)(3)のうち、昭和六〇年三月一二日相続人間において遺産分割に関する合意書が作成されたこと、原告が京都家庭裁判所に遺産分割調停を申立てたこと、同年四月一五日相続人間に調停が成立し調書が作成されたことを認め、その余の事実は知らない。

(四) 同(一)(4)の事実を争う。

(五) 同(一)(5)の事実は知らない。

(六) 同(一)(6)の主張を争う。

2  再反論

(一) 原告は、練木美代らから取得した二、〇〇〇万円を被相続人の遺産分割において交付を受けたものである旨主張するが、失当である。

(1) 遺産分割における価額分割とは、遺産を構成する財産を共有のままで処分して金銭に換価し、その換価代金を共同相続人間で分割するものであるところ、原告の主張する価額分割がいかなる場合を想定するものか不明であるが、考え得るものとしては、練木美代らが、後に本件不動産ほかを一括して訴外有限会社あづま不動産に売却したことを換価処分として捉え、その換価代金のうちの原告取得分二、〇〇〇万円を練木美代らが原告に先渡ししたと構成するほかはないと考えられる。

しかしながら、原告は、練木美代らが本件不動産を有限会社あづま不動産に譲渡することを予定しておらず、また右譲渡に全く関知していなかったもので、原告に支払われた二、〇〇〇万円は、練木美代らが共同相続人である練木民らから融資を受けたものであるから、原告の右主張は客観的な事実に反する極めて不自然かつ不合理なものである。

(2) 譲渡所得に対する課税は「資産の値上がりによりその所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを精算して課税する」ものであるところ、価額分割の場合も、遺産の増加益が物件を第三者に譲渡することによって現実化するから、その換価代金を分割取得した者に対して、換価代金を収入代金として、譲渡所得に対する課税がされることとなる。

したがって、仮に価額分割であるとしても、原告が取得した金員は譲渡所得として課税の対象になり、原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得金額は、被告の前記主張と同一となる。

(二) 原告主張のとおり、練木美代らが本件不動産を遺産分割により相続したのが事実であるとしても、原告は、確定申告及び税務調査において、これを売買とすることによってことさらに実態を隠蔽したものであり、被告が原告の確定申告及び税務調査における説明にしたがって本件更正処分及び賦課決定処分をした後、隠蔽した実体に基づいて右処分の違法性を主張することは、信義則に反し、禁反言の法理にもとるもので許されない。

第三証拠

証拠に関する事項は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  原告が練木久子らから取得した二、〇〇〇万円が、本件不動産の譲渡所得であるかどうかについて検討する。

1  被告の主張(一)(1)ないし(3)の事実、即ち、(1)本件不動産が原告の亡父である被相続人の遺産の一部であったが、原告を含む相続人の間において、昭和六〇年三月一二日ころ、「遺産分割等に関する合意書」のとおり遺産分割の協議が成立し、その結果、原告が本件不動産を単独で相続することになったこと、原告が、右合意書第3条に基づいて、京都家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立て、昭和六〇年四月一五日相続人間に調停が成立し、本件不動産を原告が相続する旨の調停調書が作成されたこと、(2)原告は、右のとおり相続により取得した本件不動産を、昭和六〇年五月一日、練木美代及び練木久子に代金二、〇〇〇万円で譲渡するとの売買契約を締結し、同日、代金の内金として五〇〇万円を受領し、残代金一、五〇〇万円は、練木久子から振込を受けて受領したこと、(3)本件不動産につき、昭和六〇年五月一七日受付で、練木美代及び練木久子に対し、共有持分各二分の一とする所有権移転登記がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、原告は、右売買代金名下に取得した二、〇〇〇万円は、事実は、譲渡所得ではなく、遺産分割により取得したものであるとして、前示三2の経緯を主張するので、以下この点につき検討する。

先ず、成立に争いのない乙第二一、第二二号証によれば、被相続人が三重生糸株式会社の代表取締役であったと主張する点については、当初より原告が代表取締役であって、被相続人は三重生糸株式会社の代表取締役ではなく、事実と相違していること、

成立に争いのない乙第三号証によれば、昭和六〇年三月一二日に相続人間で成立した「遺産分割等に関する合意書」の内容は、第2条が、遺産分割は、遺産のうち本件不動産は原告の単独所有とし、その余の不動産は練木民、練木美代及び練木久子の共有とする旨の第1条の履行により完了することを確認する旨を定めており、第5条は、遺産分割の完了後に練木美代及び練木久子が原告から本件不動産を買い取るものとしており、原告の主張事実とは異なっていること、

成立に争いのない乙第四号証によると、同年四月一五日に成立した調停においても、原告が本件不動産を単独で取得すること、その余の不動産を練木民、練木美代及び練木久子が共有持分割合三分の一で共有取得すること、早川良造は遺産分割としてなんらの財産を取得しないこととする合意をしたものであることが認められ、原告の主張事実とは異なること、

成立に争いのない乙第五ないし第一〇号証によれば、原告は、同年五月一日、練木美代、練木久子との間に本件不動産を代金二、〇〇〇万円で売り渡すとの内容の売買契約を締結し、その代金の内金五〇〇万円を当日受領し、残代金は原告の子妹尾伊津美が練木久子に売却した他の不動産の代金三〇〇万円と合わせ一、八〇〇万円を原告の西陣信用金庫本店の普通預金口座に振込を受けてこれを受領したこと、

成立に争いのない乙第一六号証によれば、練木美代は、本件不動産を相続により取得したものとは考えておらず、取得原因を原告との間の売買契約、代金を二、〇〇〇万円であると考えており、その代金は練木民、早川良造に立て替えてもらったとしていること、

成立に争いのない乙第一九号証の一、二によれば、練木久子は、本件不動産を含む不動産を有限会社あづま不動産に売却したことによる譲渡所得の申告の際には、原告から本件不動産を取得するのに要した費用を二、〇〇〇万円とする計算書を提出していること、

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

右認定の事実と、その経緯によれば、原告主張の事実は認められないことが明らかであって、原告が遺産分割において価額分割として右金員を受領したものとは到底いえないばかりか、代償分割により二、〇〇〇万円の交付を受けるについてなんの支障もなかったのに、代償分割の方法が採られていないことに照らすと、ことさらに、原告の主張のような、相続人間に、原告には亡父の遺志に従い負債整理をするのに最小限必要な二、〇〇〇万円を遺産中から捻出交付するとの合意が成立したとか、さらに、原告が前記会社の事務所として使用中の建物を兄良造に明け渡し、原告以外の相続人が原告に対して会社事務所移転料と本件不動産の売買代金との名下に二、〇〇〇万円を遺産分割の代償として交付することとする合意をしたとの事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、原告は、本件不動産の所有権を遺産分割により取得し、その後、本件不動産を練木美代及び練木久子に売却して、その代金として二、〇〇〇万円を取得したものであり、右二、〇〇〇万円は譲渡収入金であると認められる。

三  課税の根拠について

右二で認定した事実に基づき判断すると、原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得金額は、被告が課税の根拠で主張するとおりであることを認めることができる。

即ち、

原告の昭和六〇年分の分離課税の長期所得金額は、

(1)  収入金額 二、〇〇〇万円

原告が、昭和六〇年五月一日付けで本件不動産を練木久子及び練木美代に譲渡した売買代金額二、〇〇〇万円である。

(2)  取得費 一〇〇万円

所得税法六〇条一項一号、措置法三一条の四第一項に基づく概算取得費で、右収入金額に一〇〇分の五を乗じた金額である

(3)  譲渡費用 〇円

(4)  必要経費((2)+(3)) 一〇〇万円

(5)  特別控除額 一〇〇万円

措置法三一条一項、四項(ただし、昭和六二年法律第九六号改正以前は三一条一項、三項である。)に基づく特別控除額である。

以上から分離長期譲渡所得金額を求めると、

(計算式)二、〇〇〇万円-一〇〇万円(=一〇〇万円+〇円)-一〇〇万円=一、八〇〇万円

となり、原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得金額は一、八〇〇万円である。

四  結論

以上のとおりであるから、その余の判断をするまでもなく、原告の昭和六〇年分の分離課税の長期譲渡所得の金額を一、八〇〇万円とし、これに基づきなした本件更正処分及び賦課決定処分は適法であって、これに違法はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 裁判官 堀内照美)

別紙

物件目録

一 所在 京都市右京区太秦安井北御所町

地番 四番一六

地目 宅地

地積 一六一・八五平方メートル

二 所在 京都市右京区太秦安井北御所町四番地一六

家屋番号 四五番

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 八七・二七平方メートル

二階 四七・六〇平方メートル

別表

妹尾 栄の昭和60年分の課税の経過及びその内容

<省略>

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